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キティ・ジェノヴィーズ事件 - 傍観者効果 @ ブルージュ 

今日は、ベルギーのブルージュ(Brugge)観光に行きました。

流石、街全体が世界遺産だけあって、街の一つ一つが芸術的志向を持っています。
街中を散策し、運河を巡り、3つの美術館を回り、
ベルギーの古都“水の都ブルージュ”を体感した一日でした。


そんな中、バスに人が轢かれる様を見ました。
観光客が多く、人が溢れている中の出来事でした。

ちょうど自分が向かおうとしている方向、50m程前方の交差点で、
右側の道路から自分がいる方向に左折してくる観光バス(左ハンドル)がありました。

速度は徐行、つまり、すぐに止まれる速度でしたので、
本当に「あ、バスが来るな」と、何気無く、漠然と見ていました。

殆どの人は少し距離をとって歩いていましたが、二人組の男性は別でした。
何を間違えたのか、そんなバスを避けること無く、
二人組のうちの一人がバスの左前方に当たり、こけました。
この時、多分30m位前方。

バスは止まりませんでした。そのまま男は左前のタイヤに巻き込まれました。
太ももから下が轢かれていたので、恐らく大腿骨でしょう。折れる音が聞こえました。
この時、多分20m位前方。

バスが止まりました。タイヤは男を乗り越えず、少し後ろに戻りました。
轢かれた男は「アー、アー」と叫んでいました。
もう一人の男が、叫びながら轢かれた男をタイヤの下から引きずり出しました。
石畳なので引きずり出すのが大変そうでした。
叫んでいる男も、助けようとしている人も、何語を喋ってるか分かりません。
が、こんな状況で口にすることは、分かり切っています。
この時、多分10m位前方。

運転手が出てきました。運転手は、少しの間、目の前の光景に茫然としていました。
周りにいる人は、何事かと傍観しています。自分はその横を通り過ぎました。

その時、自分は、周りで傍観している人を傍観していました。
バスの中には人はいませんでした。運転手は電話をし始めています。
二人の男は何か叫んでいます。傍観者の中には電話をしている人がいました。
この時、多分20m位後方。

傍観者の視線は自分の後方に集まるのを感じつつ、
何か自分に出来ることあるか??と考えましたが、結果的に何もしませんでした。

応急処置の仕方もよく知らない、救急車や警察への通報方法も分からない、
オランダ語も分からない、英語で説明するとしても自分よりも適切な傍観者が沢山いるはず。
傍観者は、自分を含めて世界中から集まってきている観光客。
肌の色も髪の色も体格も様々。地元の人は少ないと思います。


これだけ覚えていて、目撃者であるはずが、そのまま帰途に着きました。


大学の時、社会心理学で習ったキティ・ジェノヴィーズ事件を思い出しました。
集団心理のうち、傍観者効果についての講義でした。
多元的無知(誰も行動しないから自分も行動しない)、責任分散(誰かが助けるであろう)。
まさに、自分もこの一つとなりました。

確かに責任は無いかもしれませんが、人として、責任を感じずにはいられない気持ちです。
今は、今日の経験を、今後どう活かすかについて考えています。

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